イライラするのは自分の仕業 「期待」は贈り物

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この記事はInstagram(Instagram@言葉の世界)にてUPしている製作物に+oneをつけてライフハック的な感じでUPしていますので、皆さんに何か感じる物があれば幸いです。

検索からお越しの方は、良ければInstagramの方にもお越しください。


 

 「期待」は

相手への贈り物である。

 

期待をすることで

相手に自身や肯定感を授ける事が出来る。

要は、優しく背中を押してあげるのだ。

もし、失敗したとしても

決して「期待していたのに!」

なんて言ってはならない。

その期待は、

矢印の方向が変わって

相手ではなく自分の方に向いている。

自分に、何か得るものがあったから

そう言ってしまうのだ。

 


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応援か搾取か

みなさんは、”期待する”という事に

自身の感情が混ざっている事に気がついていますか?

一般的に”期待する”場面は

『自分の子どもの将来に期待する。』

『部下に期待する。』等の状況があるかと思いますが

この二つの場面ですら、”期待”が搾取になっている可能性があります。

 

紙一重

「自分の感情が混ざる?」

そんなの”当たり前”と思った方もあるかと思います。

でも、その感情は、二種類の感情があるのです。

ひとつ目は、「応援しているよ!」と損得など関係なく言える時。

ふたつ目は、失敗した時に「期待していたのに!」と言ってしまうか思ってしまう時。

 

例えば、

部下や子どもが何かに挑戦して失敗した時に

大半の方は「残念だったね。でも、次があるよ。」等と、思ったり声をかけたりするのでは無いでしょうか。

反対に

部下や子どもに「○○みたいになって欲しい。」等と期待して

思いと違う様になった場合、「期待していたのに!」となる方もいるのでは無いでしょうか。

 

上記の二つの例は、はっきり言って同じ状況でも人によって真反対の言動をとると思います。

それこそが、期待に何の感情が混ざっているかで違ってきます。

 

期待が持つ力

本来、”期待”には期待される側のモチベーションを上げたり、

承認欲求を満たすといった力があります。

期待される事でさらに能力を伸ばしていきやすい状態になるのですが、

その”期待”に応援以外の感情が入っていると期待される側からすると、その”期待”は効果を失ってしまいます。

(ちなみに、この期待を力に変えるという事はピグマリオン効果と言い、学校の先生などが使っている場合があるそうです。)

 

期待が邪魔になる時

上記の場合は、”期待される側”が変な期待に飲まれた場合でしたが

”期待する側”にも副作用が出る場合があります。

部下や後輩の指導時や、子育て中の方などは経験があるかもしれませが、

プロジェクトを任せて失敗した場合や、「○○しといて」等とお願いした時に出来ていなかった場合

「君なら大丈夫と思ったのに」や「しといてって言ったよね。」とこんな事を言った事は無いでしょうか?

この言葉が出てくる時は、”その期待”には何か別の感情が入っていて、この言葉が出てきたのだと思います。もう少し具体的に言えば、期待する側に何らかの損や得があった場合に起こる感情がそうさせているのだと思います。

この感情は厄介で、勝手な期待で相手に八つ当たりしてしまう時があり、

それは期待する側が気づき、期待を押さえる事でしか無くならない。

 

日常で良くある状況では、

子どもに自分の物を”片づけて”とお願いした時に

全く片づけて無かったり、中途半端だったり

こんな状況は良くあると思います。

この時に、見方を分離する必要があります。

・子どもが掃除を出来ないといけないという見方と

・自身が片づけて欲しい。という考え

この二つを混ぜてしまい

「私は、貴方の為に言っているんだよ。ちゃんと掃除が出来ないと将来困るよ。」等と言い、

ひどい時には、怒ってしまったりしてしまう事があると思います。

 

確かに、子どもの為なのかもしれません。

ですが、言って伝える以外に仕組化などをして

自然に片づけれる様に少しずつ変えていく事で解決は出来ると思います。

究極は、子どもに恋人が出来た時には片付けが出来るのではないでしょうか。

 

これと同じような事が企業でも起こっており

努力論や根性論で片づけられる事で

残業時間が莫大に増えブラック起業化していく事になっています。

 

この違いは

応援は → 期待される側が満足や出来るようになればOK。

 

搾取は → 期待する側が何らかのリターンを受け取らないと気が済まない。

これを言い換えると、期待する側の思い通りにならないと終わらない。

 

だからこそ、応援だけで良いのです。

 

最後に

物事には、見方があると思いますが、

この場合、

・期待される側は、もちろん精一杯の努力をする。

・期待する側は、応援をしてやればいいのです。

(この場合の応援とは、自分が損をしてでも頑張れ!と言ってやれる事です。)

こうやって、分けて考える事が必要なのです。

ひとことに期待と言っても、その言葉に何の感情が入っているのかで期待する側もされる側もどちらにとってもマイナスにふれてしまう時があるという事を分かった上で、期待を贈った方が良いと思います。

 

参考文献 教師の期待効果に関する研究

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